こんにちは、西谷内博美です。私は大学で環境問題や社会学などを教えています。縁あって、NORDISKA TYGERウェブサイトにコラムを書かせてもらうことになりました。今回は第一回目ということで、読者の皆さんと連載内容の方向性を共有したいと思います。
初めて大学で授業を持ったとき、こう助言してくれた先輩がいました。大学生はだいた
い半径1m以内でモノを考える生き物だと。半径1m以内でモノを考えるとは、たとえば、
どんなヘアスタイルにしようか、コーヒーが飲みたいな、部屋片づけをしなくちゃなど、す
なわちプライベートな事柄についての思考です。学生のみならず、おおよそ誰もが、半径
1m以内のプライベートな事柄についての思考や処理に多くの時間を費やしていますね。そ
れ自体はなんら悪いことではない!
問題になってくるのは、半径1mを超えて思考できるか、ということです。地球環境や貧
困など、広い社会にある様々な公的な課題を、自分事として捉える能力をいかほど持ち合
わせているか?!これが問題なのです。だって、半径の狭い無責任な人々ばかりからなる社
会って、進歩も改善もなさそうですからね。ところで、学生のみならず社会人でも、半径
2~3メートル以内の世界で生きている人が意外と多いかもしれません。ちょっと確認して
みましょう。
「社会学的想像力」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?まさに、私的問題と公
的問題を結び付ける能力のことなんです。有名な社会学者が、一杯のコーヒーを例にこの
概念を説明しています (注1)。美味しいコーヒーが飲みたい、アメリカンよりもヨーロピアンなテイストが好き、スーパーで豆が特売中などといったプライベートなコーヒーとの関わりが一方にあります。これが半径1m以内の私的な思考。
他方で、半径1mを超えてコーヒーを捉えてみるとどうなるでしょうか。賢明な読者の皆
様にはすでに予想がついていますね。そう、コーヒーと言えばフェアトレードの代表選手
。裏を返せば、一般に流通しているコーヒー豆はアンフェアなトレードで輸入されている
可能性が高いわけです。ということは、通常のアンフェアなコーヒーを消費することは、す
なわち世界にあるアンフェアな経済構造を下支えする行為なのです。
コーヒーをめぐる公的問題は、リッチな多国籍企業による貧しい生産者に対するアンフ
ェアな搾取にとどまりません。歴史的にとらえるならば、西欧社会でコーヒーを飲む習慣
の誕生したのは比較的最近、19世紀のことだそうです。つまり、わたし達のコーヒーを飲
む習慣は、まさにアンフェアな搾取構造である植民地支配の名残りなのです。いまや世界
規模に広まったコーヒー習慣はコーヒー豆の大量生産を必要としています。そのために熱
帯林が切り開かれて森林が減少し、ひいては地球温暖化や生態系の破壊といった環境問題
につながっています。化学薬品による土壌や水質の汚染、安価な労働力としての児童労働
など、一杯のコーヒーをめぐる社会問題を挙げればきりがないですね。
このように、わたし達のプライベートな憩いである「一杯のコーヒー」は、時間軸と空
間軸をおし広げて考えれば、実に様々な社会・経済・環境上の不正義や破壊に加担してい
るのです。今回はたまたま一杯のコーヒーを例に挙げましたが、他の食品類、洗剤、衣類、
プラスティック製品、電子機器などなど、わたし達の身の回りの様々なモノについて同
様の思考エクササイズが可能です。
わたし達の日々の生活は、実に多くの社会問題に加担し、その持続不可能(アンサステ
イナブル)な経済構造を下支えしています。ただし、そのことを知ったからといって、す
べての消費活動を直ちに見直してエシカル(倫理的)なそれに改めることができる人はそ
れほど多くはないと思います。かく言うわたしがそう…。それでも、半径1m以内で生きる無知で偽善的な消費者ではなく、自身の構造的加害に自覚的な悩める消費者・生活者であ
りたいと、わたしは思っています。そして時々、無理のない範囲内で、フェアでエシカル
な消費行為を選択します。だって、私だって、できれば社会や環境に負荷をかけたくはな
いのだから。
今後このコラムでは、プライベートな生活を起点とし、ぐいっと半径を押し広げて環境
や社会の問題についえ考えていきます。ご一緒に、レッツ・エクササイズ!
注1 「社会学的想像力」はアメリカの社会学者C.ライト・ミルズ(1916-1962)の言葉。イギリスの社会学者、アンソニー・.ギデンズ(1938~)は著書の『社会学』において、一杯
のコーヒーを例に同概念について説明しています。ここで紹介した公的な社会問題の他に
も、象徴や儀礼、認識などに対する想像力についても言及しています。Giddens, Anthony,
2006, Sociology, 5th ed., Cambridge: Polity Press. (=2009. 松尾ほか訳『社会学』而立書
房.)
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